友達が財産
町内の方のお通夜へ行ってきた。
前はもっぱら夫に行ってもらっていたのだが、最近は私が出ている。
やっぱり外に出ていかないとダメかなと思って。
ヒッキーの私にしてみたらちょっと荒療治なのだが…。
40代の奥さんが亡くなったということもあって、お友達がとにかく多くて会場に入りきらなかった。
町内の私たちなんて、いない方がいいんじゃないかと思うくらいだった。
だって、私たちなんていなくても、仲良くしてきた友達がこんなにいるんだったらその人たちで見送ってあげた方がいいもの。座っているのも申し訳なく思った。
先日お悔やみに行った時も、今日のお焼香中も、旦那さんは明るい笑顔で対応してくれていた。
もっとボロボロかなと思っていたから、「そんなものかな」と思ったりしたけど、最後の喪主の挨拶の時にはさすがに泣き出してしまって、その姿を見たら「これが本当のこの人なんだろうな」と思った。
その話の中で、奥さんが「私は何も持ってないけど、友達が財産なんだ」と生前言っていたそうで、その言葉通り大勢の人が集まってくれた。
ちょっと羨ましいなと思ってしまった。
私が今死んでも、ここまでの人は来てくれないだろう。
40代は早すぎるけど、悲しんでくれる人がこれだけ大勢いるというのも幸せだなぁと思った。
今でも時々消えてしまいたいと思う時があるけど、こういう機会のたびに頬をビンタされるような感じがする。言葉にするのが難しいけど。
生きたくても生きられなかった人、死にたくても死ねない人。
生きてるってことはまだ何か役目があるってことなんだけど、いまだにそれが分からなくて模索している。